平和 Feed

2015年10月22日 (木)

鹿児島平和スタディーツアー

Photoこんにちはhappy01ぽんたですsign01

朝晩だいぶ冷え込んできましたね。みなさん体調は崩されていませんか?

夏休みに娘1号が8月20日~21日開催された「鹿児島平和スタディーツアー」に参加してきました。
ぽんたの祖父が特攻隊の教官だったこともあり、勧めてみました。

16歳の子どもが感じたことそのまま記載したいと思います。


Unnamed_1_2特攻銅像「とこしえに」(知覧特攻平和記念館にて)

参加したきっかけは、私の曽祖父が特攻隊員の教官だったからです。
曽祖父自身も特攻作戦に出向く予定でしたが、当日体調不良により飛ばせてもらえず、次の特攻予定の2日前に終戦を迎えたそうです。
曾祖父は私が9カ月の時に他界してしまったため、私が特攻隊について知っていたのは私の曽祖父が特攻隊員であったということだけでした。
学校で戦争について学ぶことはあっても、特攻隊について学んだことはありません。
そのため、自分の目で見てきちんと知りたいという思いで参加しました。

驚いたのは、多くの特攻隊員が17歳から20代前半と自分と変わらない年代だったということ。
もっと年上というイメージを持っていました。
現地でたくさんの遺書や、その人たちに関する話を読み聞いていく中で、色々な思いを抱いて飛んでいったのだなあと思いました。
全ての人々の共通していた想いは大切な人たちのために特攻するということです。
本やインターネットで調べるとお国のために、天皇のために、ということばかりでてきます。
私も天皇や国のために飛んでいったのだと思っていました。
国のために私だったら絶対に自分の身を投げ出すような事は命令であってもしたくない。
どうして、志願する人がいたのだろうか、そう思っていました。しかし、お国や天皇のためだけではなかったのだと気づいた時、なんとなく志願した人たちの気持ちがわかったような気がしました。
自分の事よりも大切な人々を守るために飛んでいったのだな、そう思うようになりました。
大切な人の幸せ、未来への平和を願う思いが隠れていたことを知り、失われた命の分も私たちは一日一日を大切に生きていかなければならないと思いました。
実際に行って、自分が思い込んでいた間違いや、疑問について知ることができてよかったです。

帰宅後、広島平和スタディーツアーに参加した妹を含め、家族で戦争について話をしました。
母から曽祖父が生き残ったことを罪に感じ、母にすら戦争の話をしなかったと改めて聞きました。
私は曽祖父が生き残ってくれた事に感謝しています。
生き残ったことに罪悪感を植え付けた戦争は、悲しく恐ろしいことだと再確認しました。
私は曽祖父が生き残ってくれたので今ここにいます。

日本は今年で終戦70年を迎えました。
これまで、日本は一度も戦争をしていません。
これからも平和が続いて行くように、私一人の力は小さいですが、戦争の裏にこのような人々の想いがあったことを身近な人に伝えていきたいです。
そして、他の人に伝わり大きな輪に広がっていくことを願っています。
将来、二度と戦争が起きない世界が訪れるよう活動していかれたらいいと思います。


命の大切さ、戦争という悲しい歴史、そして志願だけではなかったということ。
様々なことを学んできてくれたようです。
娘の話を聞きながら送り出した親側の気持ちになり、涙が止まらなくなりました。
当時を知らない私たちは遺物からくみ取ることしかできません。
人により様々な解釈があると思います。これはあくまでも娘1号が感じたことです。

特攻作戦はたくさんの悲しみを生みました。振り返れば間違っていたのだろう。
しかし、間違いだったと簡単に言ってしまっていいのだろうか・・・
戦況を伝えていなかったことが悪いのでは。
当時はそれが最良と信じ、飛んで行った人たちがいたのだから。
特攻という事実の上に言えることがあるのだとすると「もう二度と悲しみを生む戦争はしてはならない。」ということのような気がします。
戦争の悲惨な出来事は特攻だけではありません。
戦争を知らない私たち世代は、次の世代へどのように伝えたらいいのでしょうか。

先人の体験を風化させることなく、子々孫々へ伝えていくことが大切なのではないでしょうか。
怖い事、悲しい事にふたをするのではなく。
そしていつまでも今日の平和が続きますように。


2015年8月17日 (月)

広島平和スタディーツアー

Photo

こんにちはhappy01 ぽんたです。
今年の8月15日は戦後70年ということもあり、TVでは様々な特集をしていましたね。

娘2号も8月4~6日広島スタディーツアーに行ってきました。
娘1号も3年前、スタディーツアーに参加し、色々思うところがあったようです。
(リンク先の記事は娘1号が素直に感じたことそのまま記載しています。
事実と違う事が書いてあるかもしれませんが個人の感想なので訂正していません。)

娘2号が出発前に「ねぇ、戦争って悪いことなんだよね。」と聞いてきました。
当然悪いことですが、悪いことって魅力的に思えて思わずやってしまいたくなるもの…
戦争は「いい」「悪い」なんて言葉すら付けてはいけない、
絶対に繰り返してはいけないこと

アメリカの人も、日本の人も同じように傷つき、大切な人を失い、
尊い時間も失ったんですよねcrying

戦争について、私は当時を知っているわけではありません。
でも、これからを担う子どもたち、まだ見ぬ子々孫々まで事実は伝えなくてはsign01
その機会を持たせなければsign03と思います。

それぞれどのように見聞きし、感じるかはわかりませんが、
今ある平和に感謝し、後世まで伝えてほしいな~

ぽんたの祖父は特攻隊員でした。
昭和20年8月17日に飛ぶ予定だったそうです。
終戦があと数日遅ければ、母は生まれず、ぽんたも娘たちもこの世にはいなかったです。
その話を娘2号にしたところ「もっと早く終われば広島・長崎に原爆は落ちなかったね。
もっともっと早く終われば東京の人たちも悲しい思いしなくて済んだのに…」と。

広島に行くので、戦争について小学6年生なりに調べたようです。
そう感じてくれているだけでも広島へ行かせてよかったな~shine

あの時、もしも…はもう取り返しがつきませんが、日本を守るため、
残された家族の幸せを願って飛んで行った人々の想いを胸に
祖父はその後の人生を生きていました。とても長い年月だっただろうな。


祖父の部隊の慰霊碑は鎌倉の建長寺の中にあります。
その碑の名前をなぞりながら涙する祖父の姿が今でも目に焼き付いています。
15年前に亡くなったので娘1号と対面は出来たものの、自身の体験談は伝えることはできませんでした。
私自身、聞く機会もあまりなく、祖父もその話題は避けていたように感じます。
もっともっと聞いておくべきだったし、祖父は伝えるべきだったんだろうな・・・

戦争を体験された方々はみなさん高齢になり、直接話を聞く機会も減っていきます。
広島平和スタディーツアーは被曝された方の生の声を聞くことのできる貴重な体験です。
毎年行われている事業なので興味のある小中学生はぜひ参加してみてください。

今年は戦後70年という節目で高校・大学生向けの鹿児島平和スタディーツアーも開催されます。
娘1号も参加予定なので、自分たちと同じような若者が知覧・万世から飛び立った、
その現実をどう受け止めて帰って来てくれるか…。
娘1号が鹿児島に行くので、ぽんたも改めて特攻隊について調べてみましたが
息子を"逝かせる母"の気持ちを思い、涙が止まりませんでした。

大人向けの広島平和スタディツアーを募集中です。
ぜひこの機会にもう一度考えてみませんか。

世界の人々が明日という日を笑顔で迎えられますように。

WEB版weeklyどりーむぺいじ

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